下島を半周してしまうとハラが減ってきた。少しのあいだ、観光客の多い国道を走ってメシを食うところを探す。天草市街を抜けて海沿いの国道を走ると幟の立つ店が所々にあるが、何処も駐車場は一杯だ。やはりもう少し街から離れよう。
さらにそれから数十分走るとちょうど良さそうな店を発見。というよりも空腹が限界を超えたのでエイヤっと入っただけなのだが。
ブーツを抜いて座敷にあがり刺身定食を頼む。まわりのテーブルには、既に帰った客が使った食器が片付けられることなくそのままになっている。厨房はてんやわんやで、明らかにキャパシティーオーバーだ。お盆の観光地だから仕方あるまい。
結局そのまま30分ほど待たされると味に対する期待も諦めに変わり、そろそろ出ようかなと考えていたらそれを察したかのように刺身定食登場。
するとそれは「おお!」と目を見張る盆。綺麗に並べられた刺身は、見るからに観光地のそれではない。果たしてどうかと箸を付けるとコリコリの食感。これは本物の味じゃないか。30分以上待たされたことなんて見事に帳消しになった。
店を出ると海の向こうに長崎半島が見える。何故か向こうの陸地の上にだけ、雲がもくもくと張り出している。そしてまったく動く気配がない。あの下へ行ったら太陽とおさらばさせられるのは確実だ。仕方ない、もう少し天草を堪能しよう。そして残りの半周を走るために走り出す。
木々に空を塞がれた県道を走りながら涼み、海沿いに出ると気持ちの良いコーナーを堪能する。
袋小路の天草半島。選択肢は二つ。馬刺しかちゃんぽん。オレはどちらが食いたいんだろう。頭の中で秤に掛ける。すると胃袋はちゃんぽんを欲していた。どうしたオレの胃袋。ちゃんぽんはあの雲の下に行かなきゃいけないんだぞ。
ぐるっと下島を一周してフェリー乗り場へ行くと、最終便の出航まであと40分。15分前までに戻ってきてくれればいいですよ、とチケット売り場のおじさん。バイクは最初に積みますからね。バイクは4台しか積めないし、車も6台しか積めないんですよ。聞いてもいないのに教えてくれた。
そんなに小さな船なんだ。はい、小さいんですよ。でももうすぐ廃船になるんです。へえ、そうなんだ。
時間を潰そうにも周りには何もない。ヘルメットをタンクの上に置いたままバイクに跨りエンジンを掛ける。アイドリングのままクラッチを繋ぎ、防波堤を先の方へするすると進む。よし、ここらで写真でも撮ろうか。防波堤の際までバイクを寄せてカメラを出す。
自分のバイクにカメラを向けていると向こうの方からワンボックスのファミリーカーがやってきた。ドライバーと目が合ったので軽く笑顔を返すとバイクを通り過ぎてすぐ横に止まった。バイクに興味が湧いたのか、俺の笑顔にやられたのか、どちらなのかと考えながら止まった車に近づいていくと、助手席からお母さん、運転席からお父さん。そして後ろのスライドドアから子供とおばあちゃんが出てきた。こんにちわぁ、こんにちはぁ。ぞろぞろと家族連れが出てきた。
どうやらこの防波堤で釣りをするらしい。
この娘はバレー、あの子はサッカーをやっていてね、家族がみんな揃うことなんてほとんどないのよ。だから今日はこうやってみんなで釣りに来たの。きょうは熊本までね、行ってきたのよ。
子供とお父さんは釣りの準備。お母さんは日陰に避難。そして僕はおばあちゃんの餌食になった。あなたも一緒にいかが?あ、僕、魚触れないんで。ありがとう。
何故か一家団欒に巻き込まれていたら、更に知らない軽バン登場。
どっから来たの?まあ、遠くから来ちゃったねぇ。みんで釣りしとると?釣れとるか?
おっちゃんとおばちゃんに声を掛けられる率はかなり高いが、これがじいちゃんとばあちゃんになると更に強力な引き寄せ力が働くらしい。磁石に引き寄せられるかの如く、ハンドルがこちらに向いて道を塞ぐようにして止まるのが見て取れた。
これは何馬力だね。馬力は良く分からないんだよね。1000馬力くらいあるんでしょ。ああ、1500ですよ。おっきいねー。おれも昔乗ってたのよ。おれのはホンダだったけどね。
そろそろ出航15分前だ。じゃあ、行くね。ありがとう。お父さんとお母さんとおばあちゃんと知らないじいちゃんと子供たちが気をつけてねと笑顔を返す。
シートに跨りバイクを起こし、これからエンジンを掛けるよ、と云うエクスキューズを送ってからスターターボタンを押す。
ズドン!といつもの一発始動。おお!と、プチ歓声。響き渡る排気音のせいで深くなった笑顔に見送られて出発。バイバイ!
数百メートル程走って元のフェリー乗り場に着くと再び一人になった。
程なくやってきたフェリーはとても立派に見えた。しかし6台しかクルマが積めないという車載スペースは本当に小さかった。そしてクルマはなんとバックで乗り込むのだった。
出航して甲板に出ると家族連れが写真を撮り合っている。写真撮ってくれますか?いいですよ。行きますよー、ハイチーズ。はい、もう一枚。6人を小さなデジカメに収めてカメラを返す。
そのフェリーは思いのほか揺れた。というより漁船の如く激しく揺れた。小さい船だというのが身に染みた。客室にいたら酔いそうだったので、港に着くまでの70分の間、ずっと甲板に出ていた。
遠くにはたくさんの入道雲が見えている。夏だ。
これから向かう長崎半島の上には巨大な雲が覆いかぶさっていた。カメラの望遠レンズ越しによく見ると絨毯爆撃の如く、雨雲が雨を降らしている様子が遠くに見て取れる。他のエリアは晴れ渡っているのに長崎の上にだけ巨大な宇宙船の様な雨雲が襲いかかる。そういえば昼間に見たときもこんな感じだったよな。出航からずっと、フェリーから見ていてもその巨大な雲の固まりは身じろぎ一つせず長崎半島の上に居座っている。これが長崎がいつも雨な理由か。
そして茂木港到着。長崎市までは数キロの距離だ。
フェリーが陸に近づいて、圏外だった携帯がオンラインになるとすぐ、長崎市内の宿を確保した。
さて、今日の晩飯はちゃんぽんだ。
ツーリング
コメントを書く